「さよなら絵梨」は、一人称視点多用の映画作りマンガです!盛大なネタバレを含んでいますので、これからコミックを買って読もうとしている人は、今すぐブラウザバックして下さい。

【タイトル】
 さよなら絵梨
【著者】
 藤本タツキ (Tatsuki Fujimoto)
【出版社】
 集英社
【配信情報】
 1巻

藤本先生って映画好きすぎ

「ファイアパンチ」でも物語に映画をガッツリ絡めて来ますし、「さよなら絵梨」は映画作りで物語が進行していくので、藤本先生は映画が好きだと思います。

藤本先生がいわゆるクソ映画は嫌いなのか、クソ映画と呼ばれるものこそ最高の映画と思っているのか、トガタや絵梨のように狂うほど映画好きな女の子が好きなのか…細かいことはわかりませんが、とにかく映画に対しての思い入れは強いかと思います。

一人称視点

マンガにおいて一人称視点のカメラワークを使うことはめずらしくないです。でも「さよなら絵里」では、これでもかというくらい多用しています。いや、多用というよりは、一人称視点のカメラワークが基本視点であり、それ以外の視点の方が稀です。
変わっているな~と思いつつも、カメラワークが決まっていて、めちゃくちゃ読みやすいです。

雄太の一人称視点、スマホのレンズを通した雄太の一人称視点視点、スマホの画面、映画のスクリーン、この視点が基本です。

ラストの廃墟シーンで三人称視点が増えます。意図は想像するしかありませんが、若いままの絵梨と老けた雄太、それぞれの2人の変化と表情をいろんな角度から比較するため、2人を同じ画角に収めて若さと老いの差を強めるためかなと思います。あとは単純に、ラストが近いから雰囲気を変えるために、カメラワークを変えて来たかと思います。「あっ…なんか雰囲気変わってきた」と感じでもらうだけで演出の意図的にはOKな気もしています。

めっちゃ読みやすいコマ割り

1ページ4コマ

1ページ2コマ

1ページ1コマ

2ページ使っての見開き

コマ割りはこれだけでした。
コマの形は四角(長方形)で、それからが綺麗に配置されていて、カメラワークもほぼ固定で、整然としていて読みやすいです。
2ページ使っての見開きは、間と驚きと迫力のために使っていると思います。

爆破オチ

藤本先生…ただ爆破オチをやりたかっただけですかね?
だって「さよなら絵梨」を読んでいると「爆発オチやりて〜」という何気ない一言から、作品作りが始まってる気がしてなりません。

自分が作家だとしたら、作品の締めを練りに練って、試行錯誤して、その結果として「爆発オチ」にはしません。だって…最後の最後まで積み上げてきたものをぶっ壊すことになるんですよ?そんなこと怖くてできません。
どんな時に「爆破オチ」をやろうとするのか考えたとき、アイデア段階で「いまどき爆発オチやったらおもろそうだな〜」「全部爆発でぶっ飛ばしたら気持ちよさそう」と思った時だと思います。最初に爆破オチを考えるとすんなり受け入れられ、最後に爆破オチを思いつくと、到底受け入れられない気がします。

絵梨が「ファンタジーがひとつまみ足りないんじゃない?」と言っていますが、「ファンタジー」とは「普通ではありえないこと」「アッと驚くこと」だと思うんですよ。そして、それが「爆発オチ」なんですよ。だって「爆破オチ」って普通ではありえないですし、アッと驚きせんか?

「爆発オチ」って、
もうどうにも収拾がつかない場合に使ったり、
爆発の派手さで誤魔化したり、
もう全てを消し去るつもりで使う最後の手段、
そんなイメージです。

そんなイメージがある「爆破オチ」を藤本先生は、やってのけたわけです…すげぇや…。7/13(水)からジャンプ+で連載開始するチェンソーマン第二部、応援します!

投稿者

しめさば

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