2022年5月16日(月)に「三十路病の唄」の第3巻が発売されました!ブログ主は30歳なので、登場人物たちの言葉が、自分に向けられたように感じ、少し辛くなる時もありますが、ラスボスたちを応援しています!

【タイトル】
三十路病の唄
【著者】
河上だいしろう (Daishiro Kawakami)
【出版社】
芳文社
【刊行情報】
1巻 2巻 3巻

ゲームがうまいってなんじゃい

3巻でラスボスがゲームの世界大会を目指す決意と、世界大会に出られなければシェアハウスを出ると誓います。
世界レベルのゲーマーたち…ゲームをやらない人からすると異次元の存在です。自分の知ってる対戦ゲームの大会動画やアクションゲームのRTA動画を見ると、自分の知ってるゲームなのに、全く違うことをやってると感じます。当然世界大会となれば、それに出場するためには、死に物狂いの異次元の努力が必要なのだろうと想像しています。

結末より過程が大事な作品

一生懸命に努力して、世界大会に出場して見事に優勝!そんな少年マンガみたいな展開にはならないと思っています。このマンガは、夢や物事と向き合いながら自分と対話することを描いており、結果より過程を重視しています。シェアハウスに多くの人がいる理由は、向き合う角度をたくさん描くためだと思っています。誰かが夢を諦めて出て行く、夢との折り合いがつき旅立つ、夢との関わり方を変える、最後の最後まで足掻き続ける…。ラスボスがどの結末に落ち着くのかわからないですが、どの結末に向かうとしても、その過程は葛藤にまみれた人間臭いものしかないと思います。

普通の人でいることが夢なのでは?

ラスボスの前の職場の同僚さんが、「夢」がない普通の人だっている、「夢」がないから可哀想と言われるけど不幸じゃない、「夢」を持つ人は痒くてイラつくから応援できない。そう語りました。
「夢」という言葉は、どこか素敵で、崇高で、キラキラして、叶えることが非常に大変なものというイメージがあります。大層立派なものであるべきで、そうでなければ夢ではない。そういうイメージもあります。だから、夢のそういうところに嫌悪感を抱く人はいると思います。
夢という言葉を嫌うのはその人の勝手ですが、夢を持つ人を馬鹿にしてはいけません。その権利がないですし、馬鹿にするのが恥ずかしすぎます。普通の人でいたいなら、それ以上何もいうべきではないんです。また逆も然りで、「夢を持て!」と強要することをしてはいけません。夢を持つ人を馬鹿にするのと同じことですから。

まだ「三十路病の唄」を読んだことがない人は、以下から第1話をお読みください。